子供の目に映った大都会 「福知山」!
- 小林裕和

- 42 分前
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古希を迎え、年賀状は止めてメールやLINEにしましたと気取っていても、メールで年賀挨拶が入ったその翌日ぐらいにLINEでも入る。先方は明らかに、誰に年賀挨拶を出したか分からなくなっている。ボケ防止には思い出がいいらしいので、同窓生限定の話題を。
私が上川口保育園のころ、最も便利な移動手段はバスであり、バス停辺りでバスを待っていいると、近所の人に声を掛けられる。私の祖母は「ちょっと町まで!」と言ったものだ。「ちょっと」 にその気持ちがよく込められている。記憶に残る大都会 「福知山」 の象徴は、何と言っても 「三ツ丸百貨店」。百貨店と言っても3階建てぐらいだが、ここで生まれて初めてエレベーターと言うものを目にし、それに乗った (描画参照)。ここは、現在は 「福知山鉄道館ポッポランド」 になっているらしい。その後、「京都」で、大丸百貨店や丸物百貨店に連れて行ってもらったとき、三ツ丸百貨店はこれらには及ばないと思った。取り分け、大丸百貨店の屋上には遊園地があって、これが子供を魅了したことは言うまでもない。広小路からバスに乗るとき、バス停付近に 「どりこの饅頭」 と言うのがあり、これを買ってほしいとねだったものだ。
YouTubeで新町商店街の今が紹介されていたので、思い出した。YouTubeには出なかったが、福島文進堂と桐村好文堂があった。高校の帰りに参考書を買いに行った。ライオン堂や谷垣時計店もあったような気がする。谷垣時計店は、高校の同級生の谷垣君の実家か親戚のように思う。しかし、私たちが高校の頃に、福知山駅前に 「福知山ファミリー」 ができて客足はそちらに向かった。18歳以降は福知山に住まなかったので、後はイオン福知山店ができて… 国道9号線のもう少し夜久野寄りに 「菖蒲園」 と言うドライブインがあったことも記録しておきたい。

本画像は東華菜館のウェブサイトに掲載されていたエレベーター写真を参考に、生成AI (OpenAI) で昭和30年代の雰囲気を再現したものです。

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